どうしてベジタリアン? ビーガン?

私がベジタリアンになって、はや30年。きっかけは、当時、台北に住んでいて、
西洋人の友人たちの多くが菜食だったこと、
ヨガの本を読んでも、仏教の本を読んでも
菜食は良さそうなこと
そして、台湾はベジタリアン天国で、
コンビニ並みに菜食レストランが多かったこと
ベジタリアンの家族に生まれ育った
台湾人やインド人たちに出会ったこと
明治生まれの祖父も菜食者だったこと
台湾人のヨガの先生(70歳)が、幼少から体が弱く
お爺さまから、ヨガと断食・菜食を勧められて元気になられたこと
などなど

ベジタリアンになるために、
とても恵まれた環境にいたと思いますし、
今も恵まれており、
スイスや英国ではベジメニューがある所が多いです。
今スイスでは、ビーガンも大変注目されており、
スーパーではビーガン食品も多く売られています。
日本へ帰国した時も、
友人宅、屋台、レストランなどで、
肉・魚抜きでお願いし、
親切にしていただき、大変ありがたいです。

さて、なぜ菜食か。
これには大きく分けて次の4つ理由があります。
1)身体の健康のため
2)動物への慈愛
3)感情・思考・オーラレベルへの影響
4)環境の問題

まず、身体の健康のため。
人間の体は肉食用に作られていないように見えます。

肉食動物は、唾液が強く、歯が尖っており、
胃液が強く、腸が体の4倍の長さ

一方、ヒトは
唾液・胃液は肉食動物に比べて弱く
尖った歯は4本、
腸は体の10倍の長さ

また、Phバランスからも野菜・果物の量が多い方がいいですよね
実際、菜食に変えて、疾患が良くなった例はとても多いです。

元気な腸のイラスト

次に生き物への慈愛です。

ケルトの血を受け継ぐ西欧人は、動物に大きな愛を持っていますから
健康上の理由よりむしろ、
動物の命を守るために菜食になっている人が多いです。

精神性からの見解でも、魂の種類が
動物と植物では違っていて、
アートマ(分け御霊)の分量が
人はもちろん、動物も俄然と多く
牛などは感情があると言われています。
血を流して殺されて死んだ動物を
思い浮かべると
やはり、かわいそうに思います。

第3に
感情・思考・オーラレベルへの、殺生からの影響です。
食べ物の粗の部分は、血となり肉となります。
そして微体は、目には見えないけれども
感情・思考・オーラレベルに影響を与えると
ヨガやアユールヴェーダでは言われています。
殺される時の動物の恐怖心が、
私たちに影響を及ぼすのは想像できますね。

アユールヴェーダでは、食べ物があなたを作ると言い、
肉・魚・卵はタマシック(鈍性)という要素に属し、
倦怠感、高貴な理想や目標がなくなり
鬱にさせる
と分類しています。

ちなみに、野菜・果物・木の実・豆類は
サトヴィック(浄性)という要素に属し、
浄化、純粋性、前向き、創造力を作り出します。

スイスのニュースで
「オーガニック食品に変えてから、子供が落ち着いた」
という報告がありました。
これも、いかに食べ物が精神面に影響するかということを
裏付けていますね。

第4に環境の問題です。
家畜の餌、食肉処理、糞尿などで排出されるCO2は
店頭の精肉1キロ当たり約7.8キロだそうです。

世界自然保護基金は
ドイツで、週に一度だけ肉を食べない日を作れば、
自動車の走行距離750億kmに相当するCO2の排出量を削減することができる
と報告しています。
前チューリッヒ市長もこれに賛同していました。

最近、ビーガンのアスリートたちが注目されています。
ジョコビッチもその1人で、
ビーガンに変えたことで、メンタル面、身体面、スタミナ面
全てにポジティブな恩恵を受けました。

では、どのように菜食に変えれば良いでしょうか。

おすすめは、徐々に体を慣れさせることです。
ベジタリアンと言っても、色々な種類があります。

肉は食べす、魚は食べるライトベジタリアン
肉魚は食べず、卵は食べる、オボ・ベジタリアン
動物性のものは食べず、乳製品は摂る
ラクト・ベジタリアン(インド式)
乳製品も摂らないビーガン
動物性のものは食べず、
ニンニク、タマネギ、ネギ、ニラ、ラッキョウも摂らない仏式
動物性のもの、乳製品も食べず、
陰陽のバランスを考えるマクロビ

まずは、牛肉を豚肉に、豚肉を鶏肉に、
鶏肉を魚に、魚を卵に
卵を乳製品に
と徐々に変えるといいでしょう。
または、満月・新月だけ菜食にするとか
毎週月曜だけベジにしてみる
など
自分ができる範囲で進めるといいと思います。

菜食にして考えるのが、
ビタミンB12とカルシウムとタンパク質の課題ですね。

ビタミンB12は、青海苔、海苔、干し椎茸、乳製品などに含まれています。

カルシウムは、大豆製品、小松菜、菜の花、水菜、切り干し大根、
干しイチジク、海藻類、乳製品などに含まれています。
カルシウムの吸収を促すためのビタミンDは、
やはり屋外に出て、適度に日光を浴びて作り出すことが、
最も自然な行為ではないでしょうか。

タンパク質は、豆類、木の実、全粒の穀物、
ブロッコリー、アスパラ、枝豆、アボガドなどに含まれます。

また、タンパク質は過多に摂る必要はないと
「チャイナ・スタディ」の著者キャンベル博士は述べています。

高タンパクの食事で、体が吸収すべきカルシウムが尿に出てしまう
乳製品を取る西洋人に比べ、乳製品を取らない中国人の骨粗鬆症は非常に少ない
という調査結果が出ています。
平均体重1kg当たり0.8-1gの植物性タンパク質をとるのが理想で、
子供や若者は体重1kg当たり1g
あまり動かない大人は体重1kg当たり0.5g
で良いと述べられています。
インドの故ナラム博士も
乳製品を多くとる北インド人に比べ、南インド人の心臓病の発生率は少ない
という調査結果を出しています。

つまり、植え付けられた偏見と、
ストレス解消のためや
美味しいものを食べたいという欲望で
私たちは、動物性の食べ物を摂取しすぎているのではないでしょうか。

簡単!人間関係の解決法

誰もが、人間関係に悩んでいます。あなただけの悩みではありません。

その人間関係のもつれは、ちょっとした誤解から始まったかもしれないし、理由が見つからないかもしれないし、過去生から来たのもあるかもしれません。

でもね、全ては自分の中で形成されてしまったものなのです。自分の感情、思い込み、相手の言動に対して自分が反応を起こした言動、考え、感情も、自分の中にあります。

それを、こんな簡単なプチ瞑想で解決できるとしたら?ぜひ、試してみてください。

やってみた方々から、こんな結果をいただいています。

*上手くいかなかった上司が、この瞑想後、他の部門へ移った。

*苦手なママ友がいて、その子と自分の子がおなじクラスになって欲しくなかった。瞑想後、子供2人は違うクラスになり、しかもそのママ友とはいい関係になった。

*理由がわからず友人に縁を切られたが、瞑想後、楽な気持ちになった。また後日、噂で見いたのだが、縁を切られた後、その人が癌になっていたらしいのだが、最近、原因不明で癌が消えたらしい。

*主人と別れたいと思っていたが、瞑想後、彼が優しく、別人になり、仲良い関係に戻れた。

では、プチ瞑想について説明しますね。

1)1日2回、決まった時間に、決まった場所で続けてください。なるべく、静かに一人になれる所がいいでしょう。

2)その場所に座り、静かに深く呼吸をして、気持ちがおさまるのを待ちます。この時、感情が高まって、落ちつかない場合は「恐れな不安を解放するシンプルな方法」を、まずしてから、この瞑想に移ってください。

3)まず、自分のハートの中に、神様、仏様、光、魂、宇宙など、あなたの大切にしているものを一つだけ視覚化します。見えなければ、想像でも構いません。

4)次に、気になっている相手の姿を視覚化、または想像します。

5)その人のハートの部分に、自分のハートの中で見た同じものを見ます。

6)そして、はっきりとこう言います。(声に出しても、出さなくてもいいです)
「〜さんのハート中の、…(神様、仏様、光など)を、愛します」
初めのうちは、心がついていきませんが、構いませんよ。だんだん、ニュートラルに言えるようになってくると思います。

7)静かに目を開けて、大きく呼吸をします。

8)その悩みが解決するまで、1日2回、毎日続けられることをお勧めします。

There is nothing either good or bad, but …

Recently people often talk
that there is nothing either good or bad,
that just as you are.

In Kinesiology session we use the view point that there is nothing either good or bad.

Once you face your feeling, emotion, or thoughts when you are/ were in certain stress, and once you hold them as they are, the release of stress happens naturally.

Without escaping from it, without covering on it, without criticizing others, just to be yourself, by observing yourself, the energy become neutral, as if it goes back to space, then the real-visible -world is adjusted in the best condition for you and for the universe.

Then it seems everything around you settle down towards goodness which you feels happy for you and for those around you.

Why? Because the Universe is love, God is love.

Well, now, guess what will happen, if you act with the idea of the “there is nothing either good or bad” ?

Because “there is nothing either good or bad”, I (you) can steal something, I (you) can hurt someone or something, and so on. What will happen?

The event what happen after you action is the result of your speech, thought, or action..

You can accept the result as “there is nothing either good or bad” .

It does not matter it looks good or bad.

Because it might teach us something, it is love.

It might be “ Inscrutable are the ways of Heaven”, and something good is connecting to next event.

So, how the happy result, peaceful result can be born?

It seems that it comes from good view, good action, or good thoughts, which are all common teaching in any religion.

Everything acts according to the law of Karma. Everything is reflection of our emotion, mind and action.

It means everything is self-.responsibility.

Why is it better to chose “good”? Because we human being , universe, and everything is love.

Because the conscience which is love feels joy.

Then do not attach the result. It will be good to think every happening as result is good,t”here is nothing either good or bad”,

Sometimes your old habit or inner child comes out, then things can not go easy, so that you can not think, speak, act positively.

Like this condition, you do not have to criticize yourself, just reflect a bit on yourself, accept your mistake, then decide yourself “ I will watch out next time.”, then challenge again.

The Universe, the God always support you with big love, even you do not notice about it.

良いも悪いもない、でも…。

最近、いろいろな所で、「良いも悪いもない」とよく耳にしますね。あるがままでいいんだよ、と。

キネシオロジーのセッションでは、まさに「良いも悪いもない」という観点から、開放を始めます。

そのストレス時の気持ち、感情、考えを、クライアントさんにご自分でそれに対面し、そのまま受け止めてもらうことで、自然と解放が起きていくのです。

逃げずに、蓋をせずに、人のせいにせずに、そのまま自分に軸を置いて、自分を見つめることで、まるで空(くう)に戻っていくかのように、エネルギーがニュートラルになり、現実に見えている世界が、宇宙にとって最高最善の状態に調和されていきます。

そして、それは自分にとっても、周りの人にとっても、幸せだと感じる「良い」ことに落ち着く方向に行くようです。

それはなぜかというと、宇宙は愛で、神さまは愛だからです。

では、その「良いも悪いもない」と言う考えで、生きていくとどうなるでしょうか。

想像してください。
「良いも悪いもない」から、人の物を取ってもいいよ。傷つけてもいいよ。
さて、どんな結果になるでしょう。

将来起きることは、今の自分の言動、思いの結果です。
その結果は「良いも悪いもない」と取ることができます。
つまり悪いものでもいいのです。
自分に何かを教えてくれているから、それは愛なのです。
もしかすると、塞翁が馬で、何かいいことにつながっているかもしれません。

では、幸せな結果、幸運な結果は、どうやったら生まれるのか、と言うと、どの宗教の教えに共通しているように、良いものを見、良いことを考え、良いことをすることから、生まれるようです。
全ては「カルマの法則(因果応報の法則)」に則して動きます。
つまり自己責任、なんですね。

どうして「良い」を選択するかと言うと、人も宇宙も全て愛の存在だからです。
愛という良心が、喜ぶからです。

そして結果にはこだわらない。結果として「起きるものは全てよし」と思うとよいでしょう。

今まで続けてきた習慣や、インナーチャイルドが出てきて、上手くいかず、良い想いや言行ができなかった時は、自分を責めず、でも少し反省し、次からは気をつけよう、と決心して、またチャレンジすればいいんですね。

宇宙は、神は、大きな愛で、そんなあなたを応援してくれますよ。

アセンション

セラピスト、ヒーラー、スピリチュアルな方達が、ここ数年頻繁に、アセンションという言葉を使われていますね。

アセンションというのは、魂の成長に伴い、次の次元にシフトすると言う意味で、最近使われている言葉です。

バシャールも、よく使っていて、地球が次の次元に移ると言うことを、何度も述べています。と同時に、日常も実は、瞬間瞬間シフトしているのだそうです。

いわゆるヒラーたちが言うところのアセンションは。その時期が来たらきっとそういう事が起きるのだろう、とは思っていました。

敏感な方や、霊能者には、それを感じられ、私のようなそうでない人には、気がつく事なく、いつの間にかそうなっている世界に入るのだろうな、と。

友人のセラピストも、「気をつけていないと、アセンションはわからないらいしいよ。」と教えれくれたのですが、私は神を信じているので、神がアセンションしてくださるから、無理に注意を払わなくてもいいや、と思っていたのです。

ところが。

2019年3月に主人が病気になり、その原因をキネシオロジーで見ていくと、私が原因の一つであることがわかりました。それを紐解いていくうちに、病状が一部解放され、症状が外へと向かいました。ホメオパシーで治癒の方向と言われるものがあるのですが、まさにそれでした。ホメオパシーにおいて、治癒に向かうと、症状が中心から外へ、上から下へ、心から体へ、重要な臓器から重要でない臓器へ移行すると、発見されています。

その年の10月、突然、在スイス日本大使館から私に電話が入り、あちらからメールを送ろうとしても、送れない、メールアドレスの確認をしたい、とのことでした。

アドレスを登録して、もう14年になるのに。

その係りの方がおっしゃったアドレスは、聞いたこともないようなドメインで、名前の部分も変な、アルファベットの羅列。

私は大使館には、大手ドメインと自分の名前を使っているので、どちらかが間違えたとしても、間違えようのないわけです。

しかも数年前までは、大使館からメールが来ていましたし。

その時「アセンションした」と思ったのです。違う面に移動したと。

そして、2020年の2月に、また不思議な事が。。。

アパートの鍵を忘れてしまい、今までは、家族の誰かが帰って来たりで、大丈夫だったのですが、今回、初めて管理人さんに「うちの鍵を貸して欲しい」と頼みに行ったのです。

ところが、その鍵が、鍵穴に入らない。

そうこうする間に、息子が帰って来て、彼の鍵で開けられ、入る事ができました。

管理人さんも不思議がり、「ドアの鍵を付け替えたの」と聞かれたのですが、全くそういうことはありません。

これもアセンションしたサインに違いない、と思いました。

そういえば、その昔インドの霊性修行道場から、3ヶ月後に、当時住んでいた台北に帰って帰ってくると、同じ台北なのに、人間関係がガラーっと変わってしまって、これは何?と思ったことを思い出しました。しかも全く会ったことがない人々ばかり。

同じに見える世界だけど、何かが違う。

それは自分自身が、少し変わり、集合意識で作られているこの世は、そのまま同じように見えるけど、以前の私が共にしていた世界と少し違うのです。

どちらにしても、私の魂に必要な環境にいることは、確かです。